はじめに
外国企業が日本へ従業員を出向させるケースは年々増加している。これに伴い、出向者本人の所得税、社会保険、源泉徴収、出向元・出向先法人間の費用精算、恒久的施設(PE)リスクなど、多様な税務論点が生じる。これらの処理は国際税務の理解を前提とするため、外資系企業の日本拠点担当者にとっては判断が難しい領域となる。本稿では、出向契約の類型ごとの税務影響、日本法人側の損金算入・源泉徴収義務、外国法人のPEリスク、出向者本人の個人所得税の取扱いなどを体系的に整理し、実務上の典型的な論点を明らかにする。
1. 出向形態と税務上の位置付け
外国企業から日本へ従業員が派遣される場合、日本では一般に「在籍出向」と「転籍出向」の二つの形態に区分される。在籍出向は出向元企業との雇用契約が継続し、日本法人は指揮命令権の範囲を限定的に持つ。一方、転籍出向は日本法人との雇用契約へ切り替わり、日本法人が全面的に指揮命令権を有する。
税務上は、出向者が実際にどちらの企業の指揮命令下で労務提供を行っているかが重要であり、「形式」よりも「実質」が重視される。在籍出向であっても、日本法人が実質的に労務を管理していれば、日本側で給与支払者とみなされる可能性がある。
外国法人側の費用負担も形態に影響を与える。日本法人が労務提供の対価として出向元へ費用を負担する場合、その負担金の性質(給与相当か、役務提供対価か)により日本側の源泉徴収義務や法人税の取扱いが変動する。したがって、契約書の記載と実態が整合しているかは極めて重要である。
2. 出向負担金(出向元への費用精算)と法人税の取扱い
日本法人が出向元企業に支払う費用(出向負担金)は、税務上しばしば論点となる。主要な判断軸は、日本法人が支払う金額が「労務提供の対価(人件費負担)」として適正か否かである。
出向者の給与、社会保険料、赴任手当、住宅費、赴任旅費など、実費に基づく負担金は原則として損金算入が認められる。ただし、出向元の間接費や利益マージンが含まれる場合、日本法人にとって「役務提供対価」とみなされる可能性があり、移転価格税制の対象となる。また、役務提供として分類される場合、外国法人への支払に源泉所得税が生じるケースもあるため注意が必要である。
実務では、費用項目の明細化、社員別のコストトラッキング、出向契約書における負担範囲の明確化が求められる。税務調査では、費用の妥当性と実質的な負担内容が重点的に確認されるため、文書化を整備しておくことが望ましい。
3. 外国法人側のPE(恒久的施設)リスク
出向者が日本に長期間滞在する場合、外国法人が日本に「恒久的施設(Permanent Establishment, PE)」を構成したと見なされるリスクがある。PE認定が行われると、外国法人は日本での法人税申告義務が発生する。
PE判断では、出向者の業務内容が重要である。例えば、外国法人のために営業活動、契約締結権限の行使、技術提供、マネジメント業務を行っている場合、外国法人が日本に事業拠点を有していると評価される可能性がある。
実務上は、出向者が日本法人の業務に従事していることを明確にし、外国法人のための活動を行わないよう職務範囲を制限することが一般的である。出向契約書においても、業務範囲、指揮命令系統、報酬負担区分などを明記し、PEリスクを軽減することが推奨される。
4. 出向者本人の日本での所得税課税
出向者本人には、日本の居住者・非居住者判定に基づく所得税課税が適用される。日本で1年以上滞在する場合、多くのケースで「居住者」と判定される。居住者は全世界所得課税の対象となり、出向元企業から支給される給与も含め日本で確定申告が必要になる。
出向元からの給与については、日本法人が源泉徴収義務を負うかが実務上の論点となる。日本法人が給与計算を行わない場合でも、源泉徴収義務者と認定されるケースがあるため注意が必要である。外国で支給される給与を含め、出向者本人の所得総額を日本で適切に申告できるよう、給与明細の取得や税務代理人の選任が欠かせない。
また、外国税額控除、住宅特定支出控除、帯同家族の税務取扱いなど、出向者特有の調整も発生し得る。税務当局は近年、グローバル人材の給与課税について重点的に調査を行っているため、文書化と説明可能性を確保しておくことが求められる。
5. 社会保険(厚生年金・健康保険)と社会保障協定の適用
日本へ出向する場合、社会保険加入が必要かどうかは、日本の法律および社会保障協定によって決定される。一般に、日本法人に雇用される場合は厚生年金・健康保険の加入義務が生じるが、在籍出向かつ日本法人への出向期間が短期であり、かつ社会保障協定国から「適用証明書(CoC)」を取得している場合、日本の社会保険加入を免除できる。
協定未締結国からの出向では、日本の社会保険が原則として適用される。社会保険料は企業負担も大きいため、事前に出向計画と費用試算を行い、財務・人事部門での合意形成が重要である。
6. 税務調査で指摘されやすいポイント
外国企業からの出向に関する税務調査では、主に次の論点が重点的に確認される。
出向契約書の内容と実態の一致
日本法人が負担する出向負担金の妥当性
外国支給給与の源泉徴収の有無
出向者の業務が外国法人のためのものでないか(PEリスク)
税務署は、出向元との費用精算プロセスや給与体系、業務内容を詳細に確認する傾向にある。特に、外国支給給与の未源泉徴収は追徴課税が多い指摘事項である。
7. 実務上の文書化とガバナンス体制の整備
リスクを最小化するためには、出向開始前から文書化と内部体制の整備が必要である。最低限準備すべき文書は以下のとおりである。
出向契約書(業務内容・指揮命令・報酬負担を明記)
出向負担金の算定根拠資料
給与明細・支給経路の記録
PEリスク評価メモ
社会保険の適用判断資料
これらの文書は税務調査のみならず、グローバル本社とのコンプライアンス監査でも活用されるため、整備しておくことが不可欠である。
8. まとめ
外国企業の日本への出向は、法人税・所得税・源泉徴収・社会保険・移転価格・PEリスクといった複数の税務領域にまたがる複雑な論点を含む。出向契約、費用精算、給与支給、申告義務、社会保険の判定など、各プロセスに税務影響が生じるため、全体を俯瞰したガバナンス体制が求められる。
出向者が増加する現在、税務当局はこの領域の調査を強化している。適切な文書化と 国際税務に精通した税理士等の 専門家によるレビューを行うことで、企業はリスクを最小限に抑えつつ、コンプライアンスを確保できる。本稿が、外資系企業の日本拠点が出向スキームを運用する上での参考となれば幸いである。