はじめに
ストックオプション(Stock Option:SO)は、日本の税制において、 会社が自社または子会社の従業員・役員等に対して、あらかじめ定められた権利行使価格で一定期間内に自社株式を購入できる権利とされています。 一般の上場企業であれば、日本の税制適格・非適格の判断枠組みに基づき、課税タイミング(付与時・行使時・譲渡時)が比較的明確に整理されます。しかし、日本居住外国人が外国非上場企業からストックオプションの付与を受け、それを行使する場合、その課税関係は一気に複雑化します。
理由は、所得税法・租税特別措置法・国際課税ルール・出国税制度が複合的に関わるためであり、さらに外国非上場企業特有の評価困難性や情報取得の制約も課税実務を難しくしています。本稿では、前稿「付与時の比較的シンプルなケース」に続き、今回は 実際に SO を行使した場合に日本でどのような課税が生じるのか に焦点をあて、実務上発生する論点と注意点を体系的に解説します。
1. 日本居住者(外国人)が SO を行使する場合の基本的課税関係
日本の税制上、ストックオプションの行使によって得られる経済的利益(いわゆる「行使益」)は、一般的に 給与所得として課税 されます。これは企業が日本法人であっても外国企業であっても変わりません。行使益とは、行使時株価から行使価格(及びSO取得価格)を差し引き、その差額に株式数を乗じた金額です。
ただし、外国非上場企業の場合には、市場株価が存在しないため、行使時点の株式評価が困難であるという構造的問題を抱えています。実務では、第三者評価レポートの取得や企業からの開示情報など、評価方法を実務的に補完しながら課税所得を算定します。日本の課税当局も外国非上場株式評価に関する明確な統一基準を提示しているわけではないため、合理的な評価方法を採用しつつ、説明可能性を確保することが重要となります。
さらに、居住外国人が「非永住者」に該当する場合、発生する所得が日本源泉所得か国外源泉所得かの判定が重要となります。外国人が企業の従業員である場合にはSO の行使益は 役務提供地(勤務地)に基づき源泉地を判定 するため、海外勤務期間が含まれる場合には按分計算が必要となります。また、日本企業の役員を兼任する場合には、 その貢献割合を計算することになります。 国際課税上、特に米国企業・欧州企業などグローバル報酬制度を採用する企業では、この按分処理が極めて重要になります。
2. 外国非上場企業 SO を行使する際の税務実務 ― 源泉徴収・評価・申告義務
外国非上場企業の SO を日本居住者が行使する場合、最も議論となるのが 源泉徴収義務の所在 です。結論として、外国企業が PE(恒久的施設)を持たない限り、日本の源泉徴収義務者とは位置付けられず、日本法人や在日子会社にも源泉徴収義務が自動的に生じるわけではありません。ただし、日本法人や在日子会社には、経済的利益供与に関する調書提出義務が行使時に発生します。
また、行使時課税の実務では、行使益の評価方法を確定し、日本の所得税法に基づき給与所得として認識すべきですが、非上場企業の場合には、市場株価が存在しないため、行使時点の株式評価が非常に困難であり、かつ、金銭的な裏付けのない税負担を強いられることから、あまり一般的とは言えません。従って、実務的には、行使時に一部を売却する等の方法により、評価及び資金的問題を解決するという方法が考えられます。ここで、
また、外国人が永住者である場合には、行使益全体を給与所得として確定申告し、必要に応じて外国税額控除を適用することになります。
3. 出国税制度が SO 行使に与える影響 ― グローバルモビリティにおける実務負荷
令和元年改正により、出国税(国外転出時課税)の対象資産にストックオプション(株式取得権)が明確に含まれました。これにより、日本居住者が外国企業から付与された SO を保有したまま海外へ移住する場合、行使前であっても含み益に対して課税されるという極めて重要な制度変更 が行われています。
この出国税制度は日本居住外国人にとって特に重大です。なぜなら、多くの外国人駐在員・長期滞在者が本国へ帰任する際、SO を行使しないまま退職・帰国するケースが少なくないためです。
出国時に課税される所得は、行使時価値を架空認定し、そこから行使価格を控除した「未実現の行使益」であり、税率は所得税および住民税を合わせて約20%です。出国税は納税猶予制度がありますが、担保提供が必要であり、手続きも複雑です。従って、SO の行使イミングは、日本で課税されるべきか、出国前に行使したほうがよいか、帰国後に行使するべきかといった国際税務戦略の中心となります。この点の判断を誤ると、予期せぬ税負担が生じる可能性があります。ここで、出国時(みなし行使益所得)課税がなされたSOについても、出国後から行使時までに価値が増大している場合には、非居住者としての経済的利益供与に関する調書提出義務が行使時に発生する可能性がある旨の注意が必要です。
4. まとめ ― 行使時課税は「最も複雑なフェーズ」。だからこそ早期の税務検討が必須
外国非上場企業ストックオプションの行使時課税に関する論点は、付与時のシンプルな判断に比べ、圧倒的に複雑で多層的です。行使益評価、在日子会社の関与、源泉徴収の有無、所得源泉地の按分、出国税、外国税額控除、グローバルモビリティなど、複数の制度が絡み合います。
特に以下の点が実務の核心といえます。
外国非上場株式の評価困難性、勤務期間の国際按分の必要性、行使タイミングによる課税額の差異、出国税リスク、調書提出義務の発生可能性
これらの論点は、個人・会社双方にとって高い税務リスクを生じさせるため、外国親会社等がSO を有する場合には、包括的に対応することが極めて重要です。
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